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山口地方裁判所 平成元年(行ウ)6号 判決

山口県阿武郡須佐町大字須佐四七九五番地

原告

梅岡和代

右訴訟代理人弁護士

内山新吾

同県萩市唐樋町三の七

被告

萩税務署長 高橋仁

右指定代理人

稲葉一人

上山本一興

中原宏廸

武下満

園部修治

下畠康宏

大里裕

豊田耕輔

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六三年三月一二日付けでした原告の昭和五九年分所得税の更正処分のうち総所得金額三八万円を超える部分、同じく昭和六〇年分所得税の更正処分のうち総所得金額四一万円を越える部分、同じく昭和六一年分所得税の更正処分のうち総所得金額が四二万円を超える部分及び右各年分の過少申告加算税賦課決定処分(ただし、うち昭和五九年分及び同六〇年分の過少申告加算税の各賦課決定処分を除く各処分については、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が原告に対してなした昭和五九年ないし同六一年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、うち昭和五九年分及び同六〇年分の過少申告加算税賦課決定処分を除く各処分については、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。これを以下「本件各処分」という。これに対し、異議決定前の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を「異議決定前の本件各処分」という。)において、その手続上の要件につき、被告は、〈1〉異議決定前の本件各処分に先立ち、原告の営業実態が特異なものであるにもかかわらず、原告の弁明を聞かなかったこと、〈2〉推計の必要性が存在しないのに、推計課税を行ったこと、その実体上の要件につき、被告は、合理性のない推計課税により、原告の総所得金額を過大に認定したことの各違法があるとして、本件各処分の取消しを求めたものである。

一  争いのない事実

原告は、肩書住所地において鮮魚の卸売及び小売を業として営む白色申告者であるが、本件各係争年分の所得税について、別表一ないし三(課税処分等経過表)の各「確定申告」欄記載のとおりの確定申告をした(右確定申告書の事業所得欄には所得金額を記載したのみで収入金額及び必要経費については記載しなかった。)。これに対し、被告は、原告方に臨場調査するなどの税務調査を行ったが、原告がその事業に係る会計帳簿及び証憑書類を一切提示しなかったため、類似同業者の比率を適用して本件各係争年分の所得を算出し、原告に対し、昭和六三年三月一二月付けで同表一ないし三の各「更正」欄記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(異議決定前の本件各処分)。そこで、原告は、昭和六三年五月一〇日、これを不服として、被告に対し、異議申立てをしたところ、同年七月五日付けで別表一ないし三の「異議決定」欄記載のとおり、昭和五九年分及び同六〇年分の過少申告加算税の各賦課決定処分を除く各処分の一部を取り消す旨の異議決定がなされた。さらに、原告は、これを不服として、同年八月四日、国税不服審判所長に対し、右異議決定後の本件各処分について審査請求をしたが、平成元年四月一七日付けで右請求をいずれも棄却する旨の裁決がなされ、同月二〇日ころ、右裁決書が原告に送達された。

二  原告の主張

1  課税手続上の違法について

(一) 原告の営業の主要部分を占める鮮魚の卸業は、地元である須佐漁業協同組合の卸売市場(以下「須佐漁協」という。)で仕入れた鮮魚を萩市内の株式会社萩浜崎卸売市場(以下「浜崎市場」という。)及び山口県漁業協同組合連合会萩支部(以下「県漁連」という。)で売るという営業形態、つまり、産地市場で仕入れた鮮魚を比較的近隣でかつ生産市場として魚種及び量とも豊富な萩の産地市場で売るものであって、利益が上がるかどうか非常に危険が伴い、恒常的に損失を破る可能性が大きい営業形態である。

しかるに、被告所部係官は、異議決定前の本件各処分に先立つ税務調査において、原告が右営業形態の特殊性を訴えているにもかかわらず、原告の弁明を聞き入れず、一方的に類似同業者比率による推計課税をなしたものであって、本件各処分は手続上の適法要件を欠くものである。

(二) 原告の営業の主要部分を占める鮮魚の卸業は、反面調査により、売上原価及び売上額を実額で把握することが可能であり、必要経費についても、市場手数料及びガソリン代が主なものであって、推計課税の必要性がない。ただ、原告の営業の内、小売業については、仮に実額による把握が困難であったとしても、右小売部分についてのみ合理的な推計を行えば足りるはずであり、本件各処分は手続上の適法要件を欠くものである。

2  課税実体上の違法について

右1(一)記載の原告の営業形態の特殊性からして、原告の営業形態に類似する同業者はないから、被告がなした推計課税には合理性がなく、本件各処分は実体上の適法要件を欠くものである。

三  被告の主張

1  課税手続上の適法性について

(一) 税務調査

被告所部係官は、異議決定前の本件各処分に先立つ税務調査において、原告方に計四回臨場して原告の事業実態をより詳しく把握するよう努めたが、原告及び同人の夫梅岡二郎(以下「二郎」という。)は、右税務調査に非協力的で、事業に関する帳簿書類を一切提示せず、また、係官の質問に対しても積極的に答えようとしなかった。その後、被告所部係官は、昭和六三年三月三日、原告方に臨場し、同業者比率により推計した所得金額及び税額を示し、原告に修正申告をするか否かにつき検討の機会を与えた。しかし、原告から何の連絡もなかったため、被告所部係官は、同月一〇日、原告方に臨場し、同人の意思を確認したが、二郎は納得できない旨を繰り返すばかりであったので、異議決定前の本件各処分を行ったものである。以上のとおり被告は、原告に対し、十分に弁明機会を与えており、税務調査につき違法はない。

(二) 推計課税の必要性

原告は、異議決定前の本件各処分に先立つ税務調査において、会計帳簿及び証憑書類を提示せず、異議申立てにおける税務調査においては、昭和六一年分の売上金額及び仕入金額の内訳書、売掛帳二冊並びに掛売上の請求書控一冊を提示したが、右売掛帳は掛売上の一部の記載しかなく、売上げ及び必要経費に係る証憑書類の提示はなく、また、その他の年分に係る関係書類の提示もなかった。

ところで、原告の事業の内、鮮魚の卸売は、市場で仕入れた鮮魚を別の市場で売るだけではなく、市場以外の卸売先も存在するとともに、市場を通さないで直接業者に売るものもあるから、すべての卸売先が判明し、かつ、その卸売先が原告の取引のすべてを記録・保存していないかぎり、売上金額の実額を把握することは不可能であるところ、原告は卸売に係る帳簿書類の一部しか提示しないから、被告においてすべての卸売先を把握することは不可能であり、したがって、卸売先に係る売上金額の実額を把握することは不可能である。また、原告は、小売に係る帳簿書類を一部しか提示しないから、被告において小売に回された金額を把握することは不可能であり、したがって、卸売に係る売上原価を実額で把握することも不可能である。さらに、原告が経費に係る帳簿書類を一切提示しない以上、被告において市場手数料以外の経費についてその実額を把握することは不可能である。

2  推計課税の合理性

本件は、類似同業者の平均値をもって所得金額を推計したものであるが、このような場合には、原告が主張するような個別的な営業条件の差異が仮にあるとしても、類似同業者の平均値の中に捨象されているものというべきであるから、被告の推計方法は客観的な合理性を有する。

四  争点

1  被告所部係官は、異議決定前の本件各処分に先立つ税務調査において、原告が同人の事業の特殊性につき弁明しているにもかかわらず、それを聞き入れなかったことによる課税手続上の違法が存するか否か。

2  本件各処分において、推計課税の必要性があったか否か。

3  被告がなした推計方法に合理性が存するか否か。

4  原告の本件各係争年分の所得金額。

第三争点に対する判断

1  争点1(税務調査に違法性の有無)について

1 争いのない事実に、証拠(乙一一、証人森哲朗、同梅岡二郎(一部))を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、原告方において鮮魚の卸売及び小売業を営む者であるが、原告の本件各係争年分の確定申告書には所得金額の記載があるのみで収入金額及び必要経費の記載がなく、その内容が不明であったため、被告所部係官森哲朗(以下「森係官」という。)は、被告所部統括官と協議の上、原告の税務調査を行うこととした。

(二)  森係官は、昭和六二年九月一〇日、原告の事業所である原告方へ臨場して、原告及び同人の夫である二郎に対し、所得税の調査に来た旨を告げた上、原告の事業実態につき質問調査を行ったところ、主に二郎から、取引先につき、仕入先が須佐漁協、県漁連及び浜崎市場であり、卸売先が県漁連、浜崎市場及び北九州魚市場株式会社(以下「北九州魚市場」という。)であることの説明があったが、会計帳簿及び証憑書類の提示の要請に対しては、会計帳簿の記帳はしていないし、仕切伝票についても古いものは保存しておらず、最近のものも直ぐには提示できないとのことであった。

(三)  その後、森係官は、二郎から説明を受けた取引先につき反面調査を行ったところ、本件各係争年分のいずれについても売上金額より仕入金額が一〇〇〇万円以上も多いという結果になったため、同月二八日、原告方に臨場し、右以外の卸売先の有無について質問したが、二郎の説明によると、大手の卸売先は他にはないとのことであった。そこで、森係官は、取引先との決済状況及び資金繰りの状況等を確認するために、取引金融機関についての説明を受け、さらに、事業に関係のある預金通帳の提示を求めたが、提示はなかった。その後、森係官は、右取引金融機関を調査したところ、株式会社山口銀行須佐支店の口座に一〇〇万円単位の入金がしばしばあることが判明した。

(四)  そこで、森係官は、同年一〇月二二日、原告方に臨場し、右一〇〇万円単位の入金について説明を求めたが、二郎からは右入金は借入金であるとの弁明があるのみで、右事実確認のためにした借入金の明細の提示及び説明の要請については拒否された。

(五)  その後、森係官は、昭和六三年一月一三日、原告方に臨場し、会計帳簿及び証憑書類の提示、経費の確認を含めた申告所得金額の計算内容の説明を求めたが、二郎からは、経費につき、人件費は原告及び二郎についてのもののみで、あること、また、借入金の利息については言及できないとの説明があっただけで会計帳簿及び証憑書類の提示はなかった。

(六)  このように、原告方の臨場調査において、原告の事業について、卸売に係る売上先が前記三か所の卸売市場のほかは不明であったこと、小売に係る売上帳等の提示がないため売上金額の把握が不可能であること、さらに、必要経費につき記帳がなかったことから、森係官は、実額による所得金額の把握が不可能である旨判断し、反面調査により把握した仕入金額に類似同業者の比率を適用して推計の方法により所得金額を算出したところ、右算出所得金額が本件各係争年分とも原告の申告所得金額を上回った。そこで、森係官は、同年三月三日、原告方に臨場し、原告及び二郎に対し、本件各係争年分の推計による右算出所得金額と税額を示したところ、二郎から「なぜそうなるのか」との質問を受けた。森係官は、二郎らに対し、今までの調査経過等から、推計によらざるを得なかったことなどを説明したが、二郎は右説明を納得しなかったので、森係官は、原告及び二郎に対し、修正申告をするかどうか、一週間以内に連絡してほしい旨告げて原告方を退出した。

(七)  その後、原告から何ら連絡がないため、森係官は、同月一〇日、原告方に臨場したが、二郎が算出所得金額につき納得がいかない旨を繰り返し述べるだけであったため、修正申告の意思がないものと判断し、同月一二日、異議決定前の本件各処分を通知した。

2  右認定事実によると、森係官は、異議決定前の本件各処分に先立つ税務調査において、昭和六二年九月一〇日を第一回目として四回にわたり原告方に臨場し、原告及び二郎に対し原告の事業実態に関する説明及び事業に係る会計帳簿、預金通帳及び証憑書類等の提示を求めたが、原告及び二郎は、会計帳簿及び証憑書類の提示は一切行わず、森係官の質問に対しても、主な仕入先及び卸売先並びに取引金融機関を回答したのみであって、積極的に原告の事業実態を説明することはなかったこと、その結果、森係官は、原告の事業につき、卸売及び小売の売上金額並びに必要経費を実額で把握することが困難であると判断して、本件各係争年分につき類似同業者の比率を適用して推計により所得金額を算出したこと、そして、森係官は、原告方に臨場して、原告及び二郎に対し、右算出所得金額及び税額並びに推計により所得を算出せざるを得なかった経緯を説明した上、修正申告の慫慂を行い、修正申告をするか否か一週間以内に連絡するよう申し入れたが、原告及び二郎は、何ら連絡しなかったこと等の諸事情を総合勘案すると、森係官は、異議決定前の本件各処分に先立つ税務調査において、原告の事業実態を把握するため質問検査権の行使及び修正申告の慫慂に際し、原告及び二郎に対し説明及び弁明の機会を十分与えたものということができる。よって、原告の右課税手続上の違法の主張は理由がない。

二 争点2(推計の必要性)について

1 前記争いのない事実及び右一1の認定事実に、証拠(乙一、一一、証人森哲朗、原告、弁論の全趣旨)を総合すると、原告の事業形態は、鮮魚につき、須佐漁協、浜崎市場及び県漁連から仕入れ、右鮮魚の大半を卸売販売し、その一部を小売販売するとともに、蒲鉾につき、有限会社村田蒲鉾店から仕入れた商品を原告方店舗で小売販売を行うというものであったこと、原告の鮮魚の卸売先としては、浜崎市場、県漁連及び北九州魚市場の卸売市場(ただし、北九州魚市場については昭和五九年分及び同六〇年分のみ)、千田商店及び丸正商店があり、また、卸売市場の手数料を省略するために、直接、卸売業者に販売することもあったこと、鮮魚の小売先としては、みしまや旅館があり、また、原告方店舗での販売があったこと(以下「店頭販売」という。)、原告は、本件各係争年分において、売上げについては、千田商店及び丸正商店に対する卸売分並びにみしまや旅館に対する小売分の売掛帳の記帳はしていたものの、その余の売上げ、仕入れ及び必要経費については全く記帳していなかったこと、原告の事業に係る必要経費としては、卸売市場の手数料の外に燃料費、箱代、電気代及び水道代等があること、原告は、異議決定前の本件各処分に先立つ税務調査において、原告の事業に係る会計帳簿及び証憑書類を一切提示せず、森係官の質問に対しても積極的に原告の事業実態を説明することはなかったこと、原告は、異議申立てにおける税務調査において、本件各係争年分の内、昭和六一年分の売上金額及び仕入金額の内訳書、売掛帳二冊及び掛売上の請求書一冊を提示したが、右内訳作成の基礎とした資料及び経費に係る領収書等は保存されていなかったこと、被告は、税務調査において、原告から聴取した仕入先である各卸売市場に対して反面調査を行い、その仕入金額及び手数料の実額を把握することができたこと、以上の事実が認められる。

2 右認定事実によると、本件各係争年分の内、異議申立ての税務調査において原告が本件提示資料を提出した昭和六一年分についても、売上金額及び仕入金額の内訳書の基礎となる資料提示がなく、かつ、店舗販売に関する売掛帳等会計帳簿の記帳がないため、被告において、小売の売上原価及び売上額を実額で把握することが不可能であること、原告は、仕入れた鮮魚の一部を小売に回しているところ、右のように小売に係る売上原価の実額を把握することができず、かつ、卸売に関する帳簿書類の記帳がなされていないため、卸売に係る売上原価を実額で把握することも不可能であり、また、同様に、卸売先の内、卸売業者への直接の卸売分を把握することができないことから、卸売に係る売上額を実額で把握することも不可能であること、必要経費については、会計帳簿の記帳がなく、証憑書類も保存されていないから、被告が反面調査で把握した市場手数料以外の経費を実額で把握することが不可能であること、その余の本件各係争年分については、原告がその事業に係る帳簿書類及び証憑書類を一切提示しないから、卸売及び小売の売上原価及び売上金額並びに必要経費を実額で把握することが不可能であることが認められ、以上の事実を総合勘案すると、本件各係争年分につき、被告が原告の所得金額を実額で把握することは不可能であるから、本件各処分につき推計課税の必要性が認められる。

三 争点3(推計の合理性)について

被告は、原告の所得金額を原告と類似同業者の差益率(売上金額に対する差益金額(売上金額から売上原価の額を控除した金額)の割合)及び所得率(売上金額に対する算出所得金額の割合)により推計する方法を主張するので、右推計方法の合理性につき判断する。

1 証拠(乙二、三の一ないし三、一二、証人大里裕、弁論の全趣旨)を総合すると、広島国税局長から萩税務署長に対し、萩税務署管内において鮮魚卸売業を営む個人のうち昭和五九年分ないし同六一年分(本件各係争年分)までの所得税の確定申告について、青色申告の承認を受け、青色申告書を提出している個人で、〈1〉本件各係争年分に相当する期間の中途において、開廃業、休業又は業態を変更した者及び更正又は決定処分が行われている場合にはそれに対する不服申立てのおそれがあるなど所得金額等に争いの余地のある者を除き、右期間を通じて営業を行っていること、〈2〉被告が反面調査して把握した原告の本件各係争年分(右各年分)のそれぞれの売上原価のほぼ二分の一ないし二倍の範囲内にあること、〈3〉販売先が主として市場であることの条件に該当する者について、本件各係争年分に対応する売上金額、売上原価の額、差益金額、差益率、一般経費(ただし、右一般経費については、決算書の経費欄に記載された各科目のうち、給料賃金、支払利子割引料、減価償却費及び地代家賃等特別経費を控除した金額の合計額を記載することとされている。)、所得金額、所得率、特別経費の報告を求める通達が発せられたこと(乙二)、これに対し、萩税務署長から、右鮮魚卸売業者には、その売上げに卸売のみならず、一部小売があるものも含むとの理解の下に、右条件に該当する各四名の類似同業者(以下「本件類似同業者」という。)に関する右各項目についての報告があったこと(乙三の一ないし三)、右類似同業者の卸売先が主として市場であること(市場における売上金額の割合が五割を越えること)については、過去の調査事績、決算書の特殊事情の記載及び各業者に対する電話による照会等により確認したものであること、以上の事実が認められる。

2 右認定事実及び前記二1の認定事実によると、原告の事業形態が鮮魚の卸売及び小売業で、その売上げの主たる部分が市場に対する卸売であること、本件類似同業者が主として卸売先を市場とする鮮魚の卸売業者(その売上げには一部小売が含まれる。)であって、その売上原価は、被告が反面調査により把握した原告の売上原価の二分の一ないし二倍の範囲内であることが認められることからすると、原告と本件類似同業者の営業態様及び営業規模の類似性から、被告が行った本件類似同業者の選択の相当性及び原告との類似性を肯定することができ、また、右類似同業者は帳簿の記帳等を義務づけられている青色申告者であるから、その申告の数値は一応正確なものと推認されるので、右類似同業者の申告金額を基に原告の所得金額を推計する方法は合理性を有するものということができる。

なお、原告は、平成二年一〇月一日から同月一〇日までの一〇日間における原告の営業収支において、荒利益(売上金額から売上原価の額を控除したもの)が約二〇万円の赤字であること(甲四五、以下「平成二年の収支状況」という。)から、本件各係争年分についても、事業につき損失が出ているといえること、また、このような営業収支となる理由として、原告の営業形態が主として須佐漁協で仕入れて県漁連及び浜崎市場で売るというもので、萩の市場へ鮮魚を持ち込む時刻が遅くなる上、萩の市場においては、「よそ者」である原告は競りが後回しにされること、また、原告は、他の業者と異なり談合しないで「けんか」をして競るため仕入値が高くなること、販売先である市場の水揚げ予定が事前に把握できない等本件類似同業者とは異なる特殊性がある旨主張するので、右の点につき判断するに、原告は、箱入りで仕入れた鮮魚を匹数を変えて別の箱へ入れ換えて卸売りする場合があり(証人梅岡二郎)、その結果、原告が提出する請求書、売上伝票及び仕切書等の資料では、平成二年一〇月一日から同月一〇日までの収支状況につき、卸売による売上金額を正確に把握することができないこと、証人梅岡二郎は、平成二年の収支状況(一〇日間で荒利益として約二〇万円の赤字)は本件各係争年分とほぼ同様である旨証言するが、原告は、仕入れに関する買掛金債務の外に事業に関する必要経費、借入金の返済、生活費等の資金を要するのであるから(証人梅岡二郎)、本件各係争年分において、買掛金あるいは借入金が大幅に増加しているはずであるところ、原告の仕入れの主たる部分を占める須佐漁協に対する買掛金は本件係争年分においてほとんど増加しておらず(乙四、甲四七)、その傾向は浜崎市場、県漁連においても同様であること(乙五、六)、金融機関からの原告及び二郎名義の借入金は本件係争年分において三〇〇万円余り増加しているものの、逆に預金残高はわずかばかりであるが増加しており(甲九、一〇)、また、二郎所有の土地建物に設定されていた根抵当権設定登記が昭和六一年七月一五日に弁済により抹消されていること(甲四、五、証人梅岡二郎)からすると、証人梅岡二郎の右証言を直ちに信用し得るとはいい難いこと、平成二年の収支状況は、本件各係争年分から四年ないし六年経過したものであって、原告の営業形態としても、前記二1に認定のとおり、昭和六一年以降は北九州魚市場との取引がなくなったり、小売の売上金額は年によって増減があり(証人梅岡二郎)、本件各係争年分とは異なっていること等の諸事情を総合勘案すると、右平成二年の収支状況と本件各係争年分を一概に比較対照して本件各係争年分についても損失が出ていたと即断することはできない。また、原告が主張するその事業の特殊性について、証人梅岡二郎は右主張に沿う証言をするが、仮にそのような事情があったとしても、右認定のとおり、原告あるいは二郎の負債がそれほど増加していないこと及び原告が右のような事情があるにもかかわらず、事業を継続していることからして、本件各係争年分を通して右事情が存するとは到底考えることはできず、したがって、原告が主張する右事情は本件類似同業者による推計値を不合理ならしめる程度に顕著なものと認めることはできない。

四 争点4(本件各係争年分の所得金額)について

1 証拠(乙三の一ないし三)によると、昭和五九年分の本件類似同業者の平均差益率は一一・三パーセント、同平均所得率は五・〇パーセント、同六〇年分の平均差益率は一〇・八パーセント、同平均所得率は四・二パーセント、同六一年分の平均差益率は一一・四パーセント、同平均所得率は五・二パーセント(いずれも小数点第二位以下捨て)であることが認められる。

2 昭和五九年分について

(一)  売上原価の額

売上原価の額は六九二三万六〇一九円である(争いがない。)。

(二)  売上金額

右売上原価の額に、前記1の昭和五九年分の本件類似同業者の平均差益率を適用して売上金額を算出すると、次のとおり、一億〇八四九万六〇七五円となる。

九六二三万六〇一九円÷(一-〇・一一三)=一億〇八四九万六〇七五円(円未満切捨て、以下同様)

(三)  算出所得額(所得金額から後記四の特別経費を控除する前の金額)

右売上金額に、前記1の昭和五九年分の本件類似同業者の平均所得率を適用して算出所得金額を算出すると、次のとおり、五四二万四八〇三円となる。

一億〇八四九万六〇七五円×〇・〇五〇=五四二万四八〇三円

(四)  特別経費(支払利子割引料)

支払利子割引料は六五万八四七一円であり(争いがない。)、その余の特別経費はない(弁論の全趣旨)。

(五)  所得金額

以上によると、原告の昭和五九年分の所得金額は、右三の算出所得金額から右四の金額を控除したものであって、右所得金額は四七六万六三三二円となる。

3 昭和六〇年分について

(一)  売上原価の額

売上原価の額は七九三万五五九五円である(争いがない。)。

(二)  売上金額

右売上原価の額に、前記1の昭和六〇年分の本件類似同業者の平均差益率を適用して売上金額を算出すると、次のとおり、八九一六万五四六五円となる。

七九五三万五五九五円÷(一-〇・一〇八)=八九一六万五四六五円

(三)  算出所得額(所得金額から後記四の特別経費を控除する前の金額)

右売上金額に、前記1の昭和六〇年分の本件類似同業者の平均所得率を適用して算出所得金額を算出すると、次のとおり、三七四万四九四九円となる。

八九一六万五四六五円×〇・〇四二=三七四万四九四九円

(四)  特別経費(支払利子割引料)

支払利子割引料は五九万八八八四円であり(争いがない。)、その余の特別経費はない(弁論の全趣旨)。

(五)  所得金額

以上によると、原告の昭和六〇年分の所得金額は、右三の算出所得金額から右四の金額を控除したものであって、右所得金額は三一四万六〇六五円となる。

4 昭和六一年分について

(一)  売上原価の額

売上原価の額は八五七七万三三二〇円である(争いがない。)。

(二)  売上金額

右売上原価の額に、前記1の昭和六一年分の本件類似同業者の平均差益率を適用して売上金額を算出すると、次のとおり、九六八〇万九六一六円となる。

八五七七万三三二〇円÷(一-〇・一一四)=九六八〇万九六一六円

(三)  算出所得額(所得金額から後記四の特別経費を控除する前の金額)

右売上金額に、前記1の昭和六一年分の本件類似同業者の平均所得率を適用して算出所得金額を算出すると、次のとおり、五〇三万四一〇〇円となる。

九六八〇万九六一六円×〇・〇五二=五〇三万四一〇〇円

(四)  特別経費(支払利子割引料)

支払利子割引料は七一万九八四三円であり(争いがない。)、その余の特別経費はない(弁論の全趣旨)。

(五)  所得金額

以上によると、原告の昭和六一年分の所得金額は、右三の算出所得金額から右四の金額を控除したものであって、右所得金額は四三一万四二五七円となる。

4 右1ないし3の認定事実によると、本件各処分のうち更正処分の金額(異議決定により一部取り消された後のもの)は、本件各係争年分とも原告の所得金額の範囲でなされたものであるから、いずれも適法である。

五 右4のとおり、本件各処分のうち更正処分(異議決定により一部取り消された後のもの)は適法であるところ、右更正処分の計算の基礎となった事実を原告が更正処分前の計算の基礎としなかったことにつき正当な理由を認めるに足りる証拠はないから、昭和六二年法律第九六号による改正前の国税通則法六五条一、二項の計算による過少申告加算税は、本件各処分のうち過少申告加算税賦課決定額(異議決定により一部取り消された後のもの)と同額又はこれを上回るから、右過少申告加算税賦課決定処分も適法である。

六 以上のとおり、本件各処分は適法であって、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 内藤紘二 裁判官 橋本眞一)

別表一

課税処分等経過表(昭和五九年分)

〈省略〉

別表二

課税処分等経過表(昭和六〇年分)

〈省略〉

別表三

課税処分等経過表(昭和六一年分)

〈省略〉

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